第32話社員に伝えるべき問題解決の基本前提
「A社への提案。その後どうなったんだ?」
社長の同行営業から一ヶ月。東京営業所のK所長から報告がありません。定例会議が予定さている日の朝、M社長はイライラしながら問いかけました。
「スイマセン。先方の現場の意向で例年通り他社に発注したそうです。」
どこか他人事のK所長。
商談時、社長同士の約束では、お試し受注をいただけることになっていました。にも関わらず、失注してしまったとのこと。その後のフォローが不十分だったのか。詰めが甘いK所長。困ったものです。
M社は、既存得意先の深耕営業策として、トップの同行営業を仕組み化しました。他社に流れていた案件を、新たに受注するためです。しかし、受注の約束を取り付けた案件でさえ失注してしまう有様。同様の失敗が、他の営業所でも繰り返し起きていました。社長は商談を踏まえ具体的にフォロー策を指示している。しかし、受注につながらない。いったいどこに問題があるのでしょうか。
M社長は、<社員の問題解決力を高める必要がある>と考え、問題解決に関する研修を何度も実施しました。キーパーソンを公開研修へ派遣。自社にあいそうな講師をみつけ、営業研修や階層別研修の講師として招きました。その後も、講師の書いた問題解決関連の書籍を購入し、社員に配布。キーパーソンが講師代行として、定期的な勉強会も実施しています。
・現状とあるべき姿のギャップが問題
・あるべき姿に進むために実施すべきことが課題
・問題を発見、原因を分析、課題を定義し、解決策を立案・実行する
問題解決の考え方は共通認識できるようになりました。活動を続けた甲斐もあり、問題解決力の向上に注力する前と比較すれば、見違えるほど社内の雰囲気が変わりました。社員一人ひとりが成長したのでしょう。しかし、なかなか成果につなげられません。
スポットコンサルティングで訪問した小島に、M社長は他にも悩みを打ち明けました。
「いつも価格競争に巻き込まれてしまう…」
「既存得意先からの受注がじわじわと減っている…」
「対策が後手になるケースが多く、いつも社内が混乱してしまう…」
いろいろと手を打ったものの、どれも問題解決につながらないとのこと。
「そもそも問題解決の基本前提を社員が認識しなければ、どれだけ教育しても解決しませんよ」
小島は、M社長にアドバイスしました。幹部数人にインタビューしたところ、もっとも大切な問題解決の基本前提を、営業所長でさえ認識していなかったからです。
社員に伝えるべき問題解決の基本前提とは、
<いかなる問題も それをつくりだした 同じ視点のままでは 解決できない>
<別の視点から問題を捉えなおし、異なるアプローチで解決の糸口を発見せよ>
という前提です。
言われてみれば当然のことです。現状のやり方で問題が解決しなければ、別の視点から問題を捉えなおし、別の視点からアプローチする必要があります。失敗はなくフィードバックがあるだけ。解決するまで視点を変えて工夫する。これを繰り返し実行し続ける。この結果、一歩ずつ解決に近づきます。そして、臨界点を超えたとき自社が抱えていた問題は根本的に解決します。
しかし、社員の立場では当然ではありません。K所長は既存の発想の中で考えていました。「社長訪問したので先方もリップサービスをしただけ。先方の現場は、きっと反対するに違いない。今回も受注は難しいだろう」と。過去に何度も失注した経緯があったため、諦める前提でフォローしていたのです。同じ目線のまま。そして、そもそも所長が弱気なので営業担当者も無理はしません。結果として「やっぱりダメでした。」と報告するだけです。
その一方、M社長は新たな発想で考えていました。「リップサービスだったとしても、お試し受注まで話を引き出し約束にこぎつけた。あとは、先方の現場を納得させるだけ。最重要案件として、営業と製造と開発部門が連携すれば大丈夫。過去に何度も失注してきたが、今回は条件が違う。技術開発も目処がついた。製造設備も体制も仕入れルートも刷新した。今なら同業他社より有利な条件で戦えはず。これまでとは異なるアプローチが突破口になるはずだ。あとは実績を増やすのみ。しっかり応対してくれよ。」と。
にも関わらず結果は失注。M社長は落胆したそうです。
多くの会社で、自社の抱える問題を解決できない理由。
それは、問題を既存の枠の中で捉えているからです。同じ前提のまま、発想が変わらないから解決できない。これが根本的な問題です。
「我が社には、ここまで馬鹿げたケースはないだろう。」と思う社長もいるかもしれません。しかし、多くの会社で同じようなことが起きています。根本的な認識の違いでさえ「コミュニケーションギャップが生じていた→コミュニケーションを良くしましょう」と安易に片付けてしまう場合もみられます。実は社長の耳に届かないだけ。実際には伝わっていない。そもそもの大前提を誤解しているケースは、かなりあるでしょう。M社では、社長がいつも直接伝えている営業所長でさえ認識していませんでした。こんなレベルのことも伝わっていなかったのか…。と強く反省していました。
<いかなる問題も それをつくりだした 同じ視点のままでは 解決できない>
あるべき姿をどのように設定するのか。既に顕在化している発生型の問題や、目標を設定することで認識できる設定型の問題、さらに中長期的な理想から逆算するビジョン思考型の問題など、問題の捉え方はさまざまです。そして、書店に行けば何百種類も書籍があるように、問題解決の手法もさまざまです。
どのように問題を捉え、どのように解決するか、何万通りもパターンが考えられます。しかし、既存の枠から出て発想しなければ、どんなアプローチをしても、解決の糸口は見つからないでしょう。
問題解決の手法の中で、ロジカルシンキング、クリティカルシンキング、ラテラルシンキング、さまざまな思考法があります。しかし、どれだけロジカルに考えても、どれだけ批判的に考えても、どれだけ水平思考で考えても、見えない既成概念に囚われたままでは、解決の糸口が見つかりません。
なぜなら、<社員は、決められたことを決められたとおりに実行し、成果を出す>というパターンが染み付いているからです。このため、どれだけ「新たな発想で考えて行動せよ!」と伝えても、所詮無理な話です。仕組みがなければ新たな視点を認識することさえできません。新たな視点がなければ、新たな発想もできません。根本的な対策も打てないでしょう。思考がブロックされている限り、可能性が閉ざされたままです。
同様の認識不足・前提のワナが、経営者レベルでも発生しています。
自前主義の経営者は、どうしても同じ視点のまま問題を解決しようとしてしまいます。これがどれだけ時間を浪費してしまうか。一度冷静になって認識したほうが良いかも知れません。一方で、外に出て、新たな視点を取り入れている社長も、注意が必要です。気づかぬ間に既存の視点に囚われている傾向があるからです。多くの場合、過去の成功体験が目を曇らせ、既存の枠から抜け出すことを困難にします。実際に、経営者同士の勉強会に参加しているから大丈夫、我が社は外部ブレーンを活用しているから大丈夫、という社長も多くいます。しかし、そのほとんどが自身が許容できる思考・行動パターンの方々と付き合っています。仲間内で同じようなことを繰り返している限り、いつまで経っても視点を変えることはできないでしょう。
<いかなる問題も それをつくりだした 同じ視点のままでは 解決できない>
御社は、我が社の問題を根本的に解決するために、異なる視点をどのように取り入れますか? 社長自身や社員の焦点を、どのように切り替えていきますか? 「我が社の問題を解決せよ」「変革だ」「挑戦だ」とどれだけ唱えても、精神論だけでは何も変わりません。既に実感していることでしょう。問題を解決するためには、社長も社員も、新たな視点が必要です。既存の前提を見える化し、それをどのように新たな前提にシフトさせるのか? ぜひ視点を変える仕組みを構築してください。
追伸>
先日、情報交換をしたある大手流通業者の年度方針が「変革」でした、代表役員が変革を宣言している映像を、月次の会議や階層別研修で流し、社内に浸透させているとのこと。映像を見せてもらうと、各売り場でルーティン業務を実施する現場社員にまで「すべてを変革せよ!」と伝えていました。そして、「ルール通り徹底せよ!」というメッセージも付け加えてありました。相反する命令を、同時に発信していました。それを見極める基準や包括する概念を伝えることなく。
そもそもルーティン業務を各々で変革したら現場が回らなくなります。結果を担保できない新たな取り組みは、店長が許しません。リスクがありすぎると判断されるからです。結果として「変革」というスローガンだけが、虚しく唱えられます。この会社の経営陣は、根本的に矛盾していることに気がついていないのかも知れません。精神論に走ることによって生じる弊害が起きぬよう、ぜひ仕組みづくりに注力していただければと思います。
※当社は、中小~中堅企業の問題解決力を高めるために、新たな視点を取り入れる仕組みを提供しております。社内に隠れた前提を見える化し、視点を変えて前提を入れ替える手法。根本的に問題を解決していく独自の手法です。どのように前提をコントロールするのか。【3年分 受注残をつくる経営(業績3年 先行管理の仕組み)】でとても大切にしている考え方の一つです。興味がある方は、ぜひ弊社セミナーご参加ください。