第28話社長と社員が3年先の業績を試算する価値
「小島先生。予実績管理をやっているのですが、あまり効果が感じられず困っています。」
E社長が相談に来られました。この会社は、工場のある設備に関する技術支援に強みがあるそうです。社員数十名と小さな会社ですが、大手企業が手をつけないニッチ市場に目をつけ、順調に成長してきました。しかし、ここ数年の業績を見ると、横ばいが続いています。
お話を伺うと、数年前から予実績管理を導入したとのこと。月別の予算を立て、毎月の実績が確定すると確定金額と単月・累計の達成率を一覧表にまとめます。そして、営業会議では、一覧表を見ながら対策を検討し、営業担当者一人ひとりの実施事項を確認します。
しかし、毎月、営業担当者が決意表明をするだけ。意気込みや行動予定を聞いても、宣言と翌月の実績が連動していない。さらに、受注のピークは下期。今期の業績がどうなるのか。無事に予算を達成できるのか。蓋を開けてみなければわからない。毎月、同じような状況の繰り返しです。何かが足りない…。E社長は苛立ちを隠せないようでした。
「予実績管理をしても、対策が業績に連動しなければ意味がない。」
E社長は、根本的な問題を抱えていることに気づきました。
それもそのはず、受注のほとんどが、提携している設備会社からの紹介案件。受注ルートが限られており、結局は提携先次第。我が社の生殺与奪権を他社にゆだねている状態です。提携先が新規開拓をすれば業績が上がる。工場の閉鎖や設備の入れ替え等で提携先の既存案件が無くなれば業績が下がる。そんな状況でした。
そして、社員はこのことに危機感を持っていません。毎月、それなりに紹介があるからです。営業担当にも関わらず、最新技術の動向や実施した案件の技術活用事例など、技術面の共有は、積極的にすすめています。ある側面では、とても素晴らしいことです。しかし、業績に関しては受け身…。どのような結果であれ、致し方ないと思っているようでした。さらに、案件ごとに営業情報を細かく見ると、ずさんなものでした。中には採算度外視で受注をしてしまっている案件も散見されたのです。
営業機能が本来の意味を成していない。御用聞き営業になっていたり、得意先と趣味的な技術懇親会になっていたり…。中小企業の中には、このような営業でなりたっている会社も多いものです。
中小企業の業績管理レベルは、さまざまです。
「来月の業績は、結果が出なければ分からない。出たとこ勝負です。3ヶ月先の業績予測も同様。正直なところ得意先次第なんですよ。クジを引くようなもの。それでもリスクをとって先手を打つしかない。」
これぐらい豪快に考える社長もいます。その一方で、緻密な数値計画と独自の試算方法で、厳密に予測をたてる社長もいます。
実際に、業績3年先行管理の仕組みづくりに着手する企業を見ると、
(1)予実績管理を未だしていない企業(していても効果が感じられない企業)
(2)先行管理を導入すたものの十分に機能していない企業
(3)先行管理が定着し効果が出ているが、さらに上を目指す企業
など、さまざまな管理レベルの企業様からご縁をいただいております。
この内訳をみると、中小企業は(1)(2)のウエイトが高く、規模が大きくなるにつれ(2)(3)のウエイトが高くなっています。また、企業規模に関わらず経営者のタイプによって、大きく違うという側面もあります。
まずは、予実績管理です。何も管理しないよりはした方が良いでしょう。毎月の実績がわかれば、業績の現在地が明確になるからです。
しかし、E社長の会社のように、予実績管理を導入してもあまり効果が感じられないケースも多いものです。
いったい何故効果が感じられないのでしょうか。
それは、結果管理だからです。
結果は変えられません。過去の事実だからです。ただし、結果の解釈は自由です。ここが問題です。
結果管理をすると「なぜこのような結果になったんだ?」と社長に問われます。
また、報告書の中に原因を記入する欄があるものです。すると、
・良い結果が出れば、社員は自分の手柄として評価されることを求めます
・悪い結果が出れば、社員は環境や他人のせいにして自己防衛に走ります
トヨタ生産方式で有名になった「なぜなぜ分析(なぜ?なぜ?5回)」は、特に危険です。社員は、恣意的な解釈をします。真の原因にたどりつくことなく、都合よく自己防衛に走ります。もっともらしい理由を付けて自身を守り、身の潔白を主張します。その後、それが事実だと思い込むので手がつけられません。
※実施する前提には、個人批判がされないこと、論理立てて考えられることが必要。この前提が無ければ、組織に悪影響を与えます
この結果。組織は、現状維持を選択し続けます。しかも、現状維持を続ける限り徐々に環境に適応できなくなります。現状維持=横ばいではありません。環境変化の影響を考慮すると、現状維持=衰退だからです。
当たり前のことですが、多くの社員は気づかぬままこのパターンを繰り返します。そして、それに気がつかぬまま、経営者は時間を浪費します。
企業が予実績管理の問題点に気がつくと、先行管理を導入します。1ヶ月先、3ヶ月先、半年先の現実的な業績を試算し、予算までの不足分を把握します。そして、前もって対策を打とう!という考え方です。
心理学で言う「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる」という言葉の通り、変えられる未来に焦点を当てます。未来であれば、自己責任の意識で考えることができ、前もって対策を打てるはずだからです。
実際に短期的には非常に効果が出ます。しかし、すぐ効果が出る薬に副作用があるように、この手法には強烈な副作用があります。長期的に悪影響を与えてしまうので注意してください。
社長は「効果が出るためよい手法だ」と解釈し、徹底するよう社員に伝えます。社員は社長に評価されるので、盲目的に従い始めます。すると、徐々に幹部社員が誤った行動をします。この手法を乱用し始めるのです。
本来、幹部社員は営業担当者と客先に同行し、対策の中身を一緒に吟味したり、実施の支援をしたりする役割です。ところが、手っ取り早い手法なので、机上で管理し始めるのです。すると中身の吟味や支援ではなく、単なる行動チェックに徹し始めます。そして、「とにかくやれよ!」「絶対に達成しろよ!」と横柄な指示を連呼するだけ…という残念な状況になりがちです。
すると、営業担当者は自己防衛を優先します。隠し玉を持つようになったり、体裁の良い報告をしたり、水面下で社員同士の紳士協定が結ばれたりします。営業担当者という立場で連帯感が生まれるため、正直にやればやるほど仲間に非難をされてしまうのです。
社員という仲間内で、村八分にされるのはどうしても避けたい。社長に怒られるのは嫌だけど、いつものことなので慣れてしまう。こう考えるようになると、紳士協定の締結完了です。社長のもとに正確な情報が上がってこなくなります。ますます実態が見えなくなるのです。
さらに、社員の立場で見ると、評価が気になり短期的な行動を優先します。だから、根本的に戦い方を変えるよりも、既存のルールでやることに専念します。根本的な対策は、時間も労力もかかり、しかも上手くいくかどうか分からないからです。
するとどうなるのでしょうか。予実績管理の結果と大差がないか、長期間乱用すると組織が腐敗します。
結局のところ、組織は現状維持を選択し続けます。繰り返しますが、環境変化の影響を考慮すると、現状維持=横ばいではありません。現状維持を続ける限り徐々に環境に適応できなくなります。現状維持=衰退なのです。
当たり前のことですが、多くの社員は気づかぬままこのパターンを繰り返します。そして、それに気がつかぬまま、経営者は時間を浪費してしまうのです。
2018年5月、日本のコンタクトレンズ市場の老舗。「ニチコン」というブランドで有名な株式会社日本コンタクトレンズが破産しました。
直接関わったことがないため真の原因はわかりません。ただ、使い捨てタイプ・ソフトタイプのコンタクトレンズが主流になる中、ハード中心の製品ラインナップから上手く移行できなかったようです。現状維持=衰退。これは真実なのでしょう。
何とか実現しよう、共に実現しようと感じ、組織の各機能をフル活用する発想が生まれます。社長と社員、開発・製造・営業など各機能、上司と部下、お互いに協力する方が良いと感じられるようになるからです。